医者の転機
私の死を悲愴的に捉える性格は、医者になることでさらなる地盤を得た。医者という立場がそれを肯定し、表象させることになったからだ。それはまた、この死神も同様なのかもしれない。だとすれば、この意見の対立は職業的対立をも含んでいるのかもしれない。しかし、私はここまで考えて二項としての対立よりも強調ということを意識し始めた。お互いが深め合う位置にいるのだ。二項対立という考えは、むしろ対立によってではなく共存によって現れたのではないかとさえ考えられる。例えば、善悪二元論はお互いが共存しているからこそ現れたのであり、完全な対立関係にあるなど考えられない。完全な対立関係にあるのは宗教、すなわち想像の中だけなのだ。身体と心、現実と夢、有限と無限。いずれの二項も現実の中では共存している。対極したものという考えとは私たちが想像の上に作りあげた意地悪いとも言うべき妄想だったのではないか。そう考えていると急にあの死神のことが近しい友人のように思えてきた。



